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晴乃皐の心赴くままに綴る言葉達
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blog start 20060817



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 露台には、薔薇の蔓を模した白いガーデンテーブルと揃いの椅子が二脚、海を臨むように設えられていた。

 テーブルの上にはティーセットの用意された銀のトレーが置かれている。

 トレーには、カップが二脚、ソーサーやティースプーンと共に用意され、灯は違和感を覚えずにはいられなかった。

「あの…、どなたか他にいらっしゃるんですか?」

「僕ひとりだよ、どうして?」

「カップが…」

「これは君の分」

「どうして…」

「っていうのは半分嘘。君のような来客がいつあってもいいように、いつも用意しておくんだ」

 青年はにっこりと微笑む。

 庭の側から見ると、その屋敷の大きさを嫌でも実感せざるを得なかった。

 門の構えは和風であったが、その建物自体はどこか洋風を思わせる細工がところどころに施され、和洋折衷の造りになっている。

 青年は椅子を引くと、灯に示し、仕草で座るよう促す。

 灯はどこかまだ戸惑っていたが、意を決して椅子に腰掛けた。

 青年は慣れた所作でカップにお茶を注ぎ、灯の前に差し出すと、自分の分を手にしたまま、向かいの椅子に腰掛ける。

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「君は、誰?」

 あどけない様子で首を傾げながら、青年は灯の方へ近付いて来る。

 肩ほどの髪を風になびかせた青年は、驚くほど美しかった。

 柔らかい笑顔で灯を見詰め、通用門を開くと手招きをした。

「ちょうどお茶の時間なんだけれど、よかったら一緒にどう?」

 勝手に屋敷を覗き込んでいた後ろめたさから全く動けずにいた灯の手をそっと引き、露台へ続く庭へ灯を招き入れる。

「あの、僕は…」

「ひとりで退屈していたところだったんだ。時間があったら話し相手になってくれないかな」

 青年はふわりとまるで音が聞こえてきそうに微笑むと、灯の手を引き露台へと導く。

 

 青年に手を引かれながら、灯は彼の様子をじっと眺めていた。

 何か不思議な感覚を呼び起こす青年である。

 彼に纏わり付く空気が日常と一線を引いているような、はっきりしているのに薄い紗が掛かっているような、まるで夢の中にいるような浮遊感を灯は感じていた。

 握られた手は石の表面のように冷たかったが、不快感はなく、むしろずっと握っていたい滑らかさと心地よさが灯を魅了する。



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 森は昨日と同じように、ただ静かにそこに横たわっていた。

 そして屋敷も、昨日と同じ場所に、確かに存在していた。

 灯は屋敷の庭に通じる小さな門の前にいた。

 そして、昨日とどこか違う屋敷の様子を感じ取っていた。

 

 昨日はあまり気にしなかったが、その屋敷はどこか変わっていた。

 屋敷の正門に当たる漆喰塀の真ん中にある瓦葺の大きな門まで、森の入口から、道のようなものが皆無だったのだ。

 あるのは荒れ果てた獣道のような道無き道で、とても人が住んでいるとは思われない様相だったのだ。

 この街に住んで十年近くなる叔父も知らないとあって、やはり打ち捨てられた空家なのだろうとここへ来る途中、灯は思っていた。

 


 しかし今、露台に続く通用門を前にした灯の目には、窓辺にはためく窓掛けが映っているのだった。

 

 灯はただ黙って海風に煽られる窓掛けを眺めていた。

 昨日はぴったりと閉められていた窓が開かれているのだった。

「なんだ、やっぱり人が住んでいるのか」

 灯は小さく呟くと、踵を返そうとした。

 すると、背後から若い男の声が聞こえた。

「誰かいるの?」

 驚いて振り返った灯の目に、灯とそう変わらない年頃の青年が映った。



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 見ているだけで心が清々しくなるそんな光景に目を細めていると、台所から物音がした。

 流しの前にある小さな窓から中を覗くと、貫が朝食の支度をしている。

「おはよう、貫さん」

「おはよう、早いな」

 貫は眠そうな目を瞬かせながら青菜を刻んでいた。

「まだ寝ていても良かったのに。いつもはまだ寝ている時間なんでしょう?」

 窓越しに、灯は苦笑しながら言う。

「折角可愛い甥っ子が来ているんだ。家主がいつまでも寝ているわけにもいかないだろう」

 貫は嬉しそうに笑うと、朝食の支度を続ける。

 

「今日も森へ行くのか?」

 朝食を終え、お茶をすすりながら、貫は灯に訊ねた。

「うん、そのつもり」

「そう」

 貫は何か言いたげな視線を向けていたが、ひとつ息を吐くと微笑んだ。

「あまり崖には近づくなよ、危ないから」

 灯には、貫が自分の身を案じてくれているのが痛いほど分かった。

 それでも貫は灯の意思を尊重し、黙って見守っていてくれる。

 今は灯のしたいようにさせるのが一番良いと思ってくれているのだ。

「うん、気をつけるよ。ありがとう、貫さん」

 灯には貫の気持ちがとても嬉しかった。

 幼い頃から、叔父は常に灯の一番の理解者だった。

 遠く離れていても、常にお互いを気に掛け、会えばちょっとした表情の変化で相手の心情を理解する事ができた。

 常に一緒に暮らしている家族ですらすれ違ってばかりいる。それなのに、年に数回しか会わない叔父とは不思議な位気持ちが通じ合うのだ。

 灯は、貫との関係に、不思議な縁を感じずにはいられなかった。



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「貫さん」

 食事も半ばに差し掛かったあたりで、灯は叔父に声をかけた。

 叔父と呼ぶにはあまりにも年若い彼を、灯は日常名前で呼んでいた。

「ん?」

 軽く首を傾げるように目線を灯に移した貫は、優しい目で問う。

「森の奥で大きなお屋敷を見たんだ。あそこには誰か住んでいるの?」

「屋敷?」

 貫は訝しがる様子で繰り返した。

「うん、とても大きなお屋敷で、白い塀がぐるっと続いていた。森の奥の、崖に沿った辺りです」

「あの辺りに屋敷があったかな」

 貫は思い当たる節が無いという風に首を傾げた。

 貫が言うには、森の辺りに住人はいない筈だという事だった。

 灯は明日、もう一度あの屋敷を訪ねてみようと思った。

 

 翌日も、かなり暑くなる事が予想できる晴れ渡った朝だった。

 灯は昨日よりも体が軽いように感じ、早く起きて玄関先の掃除と打ち水をしていた。

 庭先の木々や草花は如雨露からほとばしる水を受けて、水晶のかけらを散りばめたように輝いている。



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